北村晴男の若い頃|司法試験8回、30歳合格までの遠回り人生

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北村晴男の若い頃|司法試験8回、30歳合格までの遠回り人生

テレビ番組での歯切れのよい法律解説や、遠慮のない発言で知られる参議院議員の北村晴男さん

強気で自信に満ちた印象を持つ方も多いでしょう。

でも私は、北村さんを見るたびにこう思うのです。
「あの言葉の裏には、相当な“遠回り”があるのではないか」と。

若い頃を丁寧にたどると見えてくるのは、一直線の成功物語ではありません。
地方出身の一青年が、野球で鍛えられ、何度も挫折し、それでも前へ進み続けた人生です。

司法試験には8回挑戦。
合格は30歳。

決して早咲きではない。
でも──だからこそ、今の言葉には重みがある。

今回は、北村晴男さんの若い頃を、私なりの視点も交えながら掘り下げていきます。

北村晴男の若い頃、出身地・長野で育った「甘えのきかない環境」

北村晴男さんは長野県の出身です。

華やかさよりも、四季の厳しさが印象に残る土地。
派手さはないけれど、暮らしの中に「現実」がある場所です。

私は同世代として思うのですが、地方で育つということは、

・情報が少ない
・進路の選択肢が限られる
・結果を出さなければ次がない

そんな空気の中で育つことでもあります。

つまり、“甘えがきかない”

誰かが引き上げてくれるのを待つのではなく、自分で道を探すしかない。

北村さんの発言には、どこか「情ではなく現実を見ろ」という強さがありますよね。
あれはきっと、この長野で育った若い頃の感覚が、今も芯として残っているからではないでしょうか。

北村晴男の若い頃、長野県立長野高校と野球部が作った土台

北村晴男さんは長野県立長野高等学校に進学します。

県内屈指の進学校。
簡単に入れる学校ではありません。

つまり若い頃から、地道に努力するタイプだったということ。

そしてもう一つ見逃せないのが「野球部」

私はここがとても重要だと思っています。

野球は華やかに見えますが、実際は

・毎日の単調な練習
・上下関係
・ベンチに入れない時間
・報われない努力

こうした時間の積み重ねです。

北村さんは、若い頃から“報われない時間に耐える訓練”をしていたのではないでしょうか。

スターになるより、役割を果たす。
目立つより、積み重ねる。

この姿勢は、後の弁護士人生、そして政治家としての立ち位置にも通じています。

北村晴男の若い頃、早稲田大学進学と地方出身者の壁

高校卒業後、北村晴男さんは早稲田大学へ進学します。

地方から東京の名門私大へ。

当時の時代背景を考えれば、これは相当な挑戦だったはずです。

早稲田には

・都会育ち
・私立一貫校出身
・自己主張が強い学生

が集まります。

地方出身者は、時に「自分は普通ではないか」と思い知らされる場所でもあります。

“地方出身者の壁”

でも北村さんは、そこで折れなかった。

周囲と同じ土俵で競うのではなく、自分の勝負できる場所を探した。

それが「司法試験」だったのではないでしょうか。

北村晴男の若い頃、司法試験8回挑戦という数字の重さ

北村晴男さんは司法試験に8回挑戦しています。

この「8回」という数字。

これは本当に重い。

1回でも落ちれば自信は削られます。
3回落ちれば周囲がざわつきます。
5回落ちれば将来が不安になります。

8回。

途中でやめても誰も責めない回数です。

でも北村さんは続けました。

私はここに、野球部で培った耐久力を感じます。

試合に出られなくても練習はやめない。
評価されなくても続ける。

努力を“感情”ではなく“習慣”にできる人。

それが北村晴男さんの若い頃だったのではないでしょうか。

北村晴男の若い頃、30歳合格という遠回りの意味

北村晴男さんが司法試験に合格したのは1986年、30歳。

30歳といえば

・社会人として数年経つ頃
・結婚を考える年齢
・将来像が見え始める時期

その中でまだ「受験生」でいる覚悟。

私は同世代として、これがどれほど不安だったか想像できます。

でも私は、30歳だったからこそ得たものがあると思います。

・人の不安がわかる
・努力を軽く語らない
・挫折を知っている

これは若くして成功した人には持ちにくい視点です。

1989年、司法修習41期修了後、東京弁護士会に登録。
ここから弁護士としての人生が始まります。

離婚、相続、借金問題。

華やかではない現実と向き合う日々。

だからこそ北村さんの言葉は、理屈だけでなく“生活の匂い”がある。

私はそこに、若い頃の遠回りの意味を見るのです。

北村晴男の若い頃から現在へ、努力型人生が政治につながった理由

北村晴男さんの人生を振り返ると、一貫して感じるのは「積み重ねの人」

地方で育ち、野球で鍛えられ、司法試験に何度も挑戦し、弁護士として現場を経験し、そして政治の世界へ。

一直線ではない。

むしろ遠回り。

でも私は、遠回りをした人の言葉のほうが、信頼できると感じることがあります。

目立ちたいから政治家になったのではなく、積み重ねた経験を次に生かす場所が政治だった。

そんな印象です。

若い頃の選択は、すべて現在につながっている。

努力を美化しすぎず、失敗を軽く扱わない。

だから北村晴男さんの言葉は、“分かっている人の重み”として届くのではないでしょうか。

まとめ|北村晴男の若い頃は「遠回りをやめなかった人」

北村晴男さんの若い頃を一言で表すなら、「遠回りをやめなかった人」

8回の挑戦。
30歳での合格。
地方出身から東京へ。

華やかさよりも、積み重ね。

私は、同世代としてこう思います。

人生は早い人が勝つのではなく、やめなかった人が形にする。

北村晴男さんの若い頃は、それを教えてくれる物語なのかもしれません。

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